緩和ケア 萬田診療所

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規制線


規制線.jpegAさんは60歳代の独身独居の男性。癌終末期患者さん。身寄りはない。退院して自宅で過ごす予定。退院前カンファレンスが開かれた。同席してくれた人は友人のBさん。どういう友人だかわからないが家族のように接しているた。そのうちどんな関係だかわかるから、あえて聞かないが、時々経験する男同士の仲なのかなとも思った。

退院してからも一人暮らしのAさんの面倒を献身的にみるBさん。小さな借家。近所から通ってくるBさん。Bさんには家族がある。二人は夜遊び仲間だったそうだ。フィリピンのお姉ちゃんの店に飲みに行き、彼女達を自宅に呼んで飲んでいたらしい。数々の武勇伝を楽しく聴かせてもらった。やんちゃな60代のおやじ二人だった。先輩後輩みたいな感じ。こういう友人関係もいいなあ〜と思わせてくれた。二人とも死から逃げていない。車などの財産の整理もしていた。二人にとっては死ぬ前にやらなきゃならないなにかがあったように見えた。なにかたくらんで病院から帰って来たようにも見えた。おねえちゃん達に囲まれながら借家の自宅で最後を迎えたかったのか。実際、おねえちゃん達が訪ねてきてくれた話しを聞いた。そして退院後、早くも1週間で二人きりのお別れの時期が来た。

「Aさんの呼吸が止まりました」と深夜に呼ばれると、Bさん一人だった。
「こんなに早いと思わなかったですよ。今日もトイレに連れて行ったんですよ」
「好きなように生きさせてもらえる人はこんなもんです。ぎりぎりまで普通っぽいんです。亡くなる前日までトイレに行くことはよくある事なんです。病院ではそうさせて貰えないから、出来ないだけ。誰も知らないだけで、本当はそれが普通なんです」
「そう先生からそう聞いていたけど、本当だったんですね。経験して初めてわかりましたよ。苦しそうじゃなかったです」
なんて話をしながら、俺は死亡診断書を書いた。葬儀屋は朝になったら呼ぶ算段になっていた。
「今晩はAさんここに一人なんですか?」
「私が今晩は朝まで一緒にいますよ。一度家に帰りますけどね。大家さんに伝えておかないとびっくりしちゃうから、伝えておきますね」
「その方がいいですね」
死亡診断書を書く事で俺の仕事は終わる、、、、、、、はずだった。

人が自宅で急死すると、、、
救急車を呼んでも明らかに亡くなっている遺体は病院に運んで貰えない。
「いままで診ていたので『病死』だという診断が出来る」往診してくれる医師がいれば、「死亡診断書」を書いてもらえる。そうすればそのまま普通に葬儀が出来る。病院に主治医がいても往診できない病院がほとんどだ。すると警察が呼ばれて「検死」になる。数人の警察官が1時間くらいかけ、遺体をひっくり返したりしながら写真をとり、周囲の人間に事情を聴き、殺人事件じゃないかどうか判断する。不審な点があれば解剖するのだろう。それが一般市民が怖がる(知らない人もいる)在宅死だ。開業かかりつけ医がいれば往診してくれ死亡診断書を書いてくれることが多い。訪問診療医がいれば勿論問題ない。

よく朝、出勤する時、警察から電話が。
「おたくが死亡診断したんですか?」
「深夜に看取りました。死亡診断書も書いてあります」
「了解しました」
、、、なんで警察が入っているんだ? 了解したといってるが、、、、
不安になった俺はそのまま診療所に向かわずに、Aさん宅に寄ってみることにした。

Aさんの借家に近づくと、なんと借家が見える曲がり角の手前に警官が数人見えた!
なんだ! どうしたんだ!
Aさんの借家30m手前の曲がり角に、テレビでみるような黄色いテープで道路封鎖! テレビで見る「規制線」だ。
防弾チョッキを着ている警官も含め、視野に入る警官だけでも数十人。
まさに殺人事件だ!
何が起こっているんだろう!? Aさんの家の周りだから、さっきの警察からの電話も含めてAさんがらみの事件だろう!
死んだAさんが事件を、、、!?
Aさんの死体がなにか、、、!?
理解できない。でも来てよかった。変な予感がしたんだ。

規制線のテープところに車を寄せると、防弾チョッキを着た警官がすぐに近寄って来た。
「主治医なんですけれど!」
「わかりました、ちょっと待ってください!」
やはりAさんがらみだ。戸惑いなく対応した警察官の対応は主治医の存在も知っているってことだ。
1分も経たないうちに指示が来た。待たされた感はなかった。
「どうぞ!」
封鎖線が一時的に解かれて、車でAさん借家前まで案内され、車を降りる。映画「踊る捜査線」の中に入ったようだ。
現場責任者らしき警察官に引き継がれる。やはり俺の存在は認識されているようだ。
「おはようございます」
「主治医の萬田です。どうしたんですか?」
「大家さんから通報がありまして、Aさんが亡くなっている事が確認されました」
「昨晩私が看取って、死亡診断書も書いてあります。事件じゃありません。大丈夫です」
「いや、通報があって、駆けつけましたんです。これから警察に運び、解剖します」
「!!?? 昨晩俺が看取って死亡診断書も書いてあるんですよ、そんなのありえないです! かわいそうじゃないですか! どういう訳なんです?」
現場担当の警察官は冷静に話しが出来た。どうやら、Bさんが自宅にちょっと帰った早朝、大家さんが朝の散歩でAさんの様子を見に来たらしい。そこで亡くなっているAさんを見つけて、警察に連絡したらしい。Bさんも大家さん宅に寄ったら居なかったようだ。早朝のすれ違いだったようだ。Bさんは自宅で待機させられているようだ。
そこまで分かっているのに、なんで警察に運ばれて司法解剖されるのか?
目の前にいる担当警察官は事件じゃないことが理解出来ている。
俺の話を聞いて、裏付けが取れ、状況が完全に理解出来たようだ。現場にいた数十人の警察官が十数人に減ったのがわかった。でもなぜか遺体を警察に運びますの一辺倒。
「上からの(電話で)司令です」
「事件じゃないことがあなたがわかっているなら上司を説得してください」
「わかりました」
また上司と電話している。
現場の警察官がさらに引き上げて行く。10人くらいに減り、緊張感が薄れてきた。
しかし、現場担当警察官は引かない。借家の前で交渉?が続く。
「本部からの司令です。申し訳ないですけど、ご遺体は警察に運ばせてもらいます」
現場はわかっているが、本部が意地をはっているようだ。事件として数十人送った以上、間違えでしたと引っ込みがつかないのか、、、、
本部と電話で連絡を取っている間に俺も考えた。本部の上司とやらが譲らぬ場合、どこまで抵抗しようか。勝算はあるのか。俺が粘ると、俺にまずいことが降りかかるのか。
「じゃあ、俺は立ちふさがります。Aさんがかわいそうじゃないですか。あなたはわかってるんでしょ。一般市民のことより、わかっちゃいない上司の命令に従うんですね。なら俺も戦いますよ。あなた達のメンツのために遺体がもてあそばれるのは、主治医として許せません。俺を排除するなり、公務執行妨害で逮捕するなりすればいい。俺は動画でその様子を配信しますよ! この様子も録音します。もういちど本部と話してください!」
担当の警察官はわかっている。中間管理職として困っているだけだ。彼は味方だ。彼に怒っちゃダメだ。敵にしちゃダメだ。冷静になれ、ここはどうしたらいいか。落ち着け、落ち着け、彼より冷静に考えろ。自分に言い聞かす。
しばらく電話した後、交渉が再開する。
「わかりました。先生、連れていきません。ここで検死だけさせてください」
少し譲歩したが完全には譲らない。あきれた俺は次の作戦に移る。何も言わずに窓から部屋に入り(現場に踏み込み)、自分で書いた死亡診断書を見つけて窓の外にいる担当警察官に見せる。
「これがあるのに検死するんですか。おかしいですよね。俺、立て篭りますから。鍵閉めますよ」
俺は窓の鍵を閉める。彼もわかっているから、「現場に指紋を、、」とか「現場を荒らすな、、」とか言わない。
中間管理職として、本部のメンツをどこまで立てるかの問題だけだと確信する。
しばらくすると、彼が窓を叩く。
「わかりました。先生、あとは任せてください。Bさんが戻ってくるまで我々が残ります」
信頼できない。まだ10人位警察官がいる。俺が帰ったら、検死するか、警察に連れて行くつもりかもしれない。
「俺はBさんと葬儀屋さんが来るまでここに残ります。あなた達が信じられない。なんで俺が帰って、あなた達が残る理由があるんですか? Aさんを連れて行きたいなら、俺を力ずくで排除したらどうですか。あなた達が先に帰ってください」
強気に出る。俺の医師免許は剥奪されるのか? そんなはずはない。俺に非は一つもない。警察官3人くらいに囲まれながら一人で抵抗する。警察のメンツのために、罪もない患者の遺体が解剖されるなんて、、、、。でも、自分の身の危険を冒してまで患者の解剖を防ぐ価値があるのか、、、、葛藤しながら強気の交渉。交渉は警察官の方がどう見ても上手なはず。でも担当警官は個人的には状況を理解していて、俺の敵ではない。でも彼だけでなく彼を取り巻く警官も数人いるし、バックには本部の上司がいる。なんで、俺はバカなことやってるんだ! 単なる一人の死んだ患者のために、ここまでやるのは馬鹿だろ、いや、警察のメンツの問題だから、俺の立場が不利になる訳ない。なんて、ぐるぐる考えが巡るが、、、、絶対に大丈夫だ。もう少し強気で行こう。
俺と会ってから4、5回本部と交渉の電話していた担当警察官が戻って来た
「引き揚げます。本部がわかってくれました」
やった!やっぱり味方だった。
「ありがとうございます。大変ですね、、」

いいタイミングでBさんが戻って来た。俺にも味方がきた。
残った10人の警察官が全員帰るのを見届けてから、Bさんと経過の転末を報告しあい、Aさんの借家を後にした。出勤時間帯の約1時間の攻防戦だった。


もちろん借家周囲をぐるっと回って、警察官が残ってないかどうかを確認してから帰った。

  2017.07.22