緩和ケア 萬田診療所

ブログ

婚約挨拶

20170315 設計5.jpg  奥さんと外来通院しているSさんの悩みは、同居している一人娘が30半ばになるのだが結婚の話がないことだった。外来での会話に時々出てきた。自分がいなくなったあとの心配の話しだ。奥さんの話を聞いていると、娘が仕事から帰ってくると凄く嬉しそうにしてるらしい。奥さんが娘にヤキモチ焼いているようだった。
「『本当は結婚して欲しくないんじゃないんですか?』なんてからかっていた」

  自宅が診療所の近くだったので、週2回くらい通院していたが、体調が悪くなり、とうとう訪問診療するようになった。そして数週間したところでこんな話しが出てきた。
「娘が『会わせたい人がいる』って言うんですよ!」
嬉しそうだ。当然娘の彼と会う話しになるかと思ったが、それだけのようだ。
「いや〜  二人とも娘に恋人がいるなんて気付かなかったですよ〜」
と嬉しそうだが、その先はない。
「で、、、、会わないんですか?」
俺が焦っている?
「そーですか?」
とぼけているのか、本当は会いたくないのか?早く結婚して欲しいなら体調がいいうちに会わないと。本人も体調が落ちていることは理解しているし、いつか亡くなるという事実から逃げてもいない。だけどのんびりしている。俺がせかす。
「早く会わないと!」
「そうですかね〜」

  翌日の訪問看護師の高橋さんからの報告。
「今週の土曜日にホテルで4人で会うんですって」
ほーっ。話しが早いじゃない。きっと高橋さんがせかしたんだろう(笑)。
俺も楽しみになってきた。

    2日後、薬が足りない。近所なので、気軽に訪問する。
「土曜日、会うんですって!」
「いや、それが、、、ホテル側の都合でキャンセルされちゃったんです」
「で、、、、いつにするんですか?」
やはり、焦っている様子はない。
  冗談半分に、
「萬田診療所でやったらどうです? ベットもあるし」
俺の提案に笑っていたが、その反応から、その気ないなと思った。婚約挨拶は実現するのだろうか、、、。

  早くも翌日、Sさんを訪問した高橋さんから連絡があった。
「本当にいいんですか?萬田診療所をお借りして」
あまりにも早い展開にびっくり。高橋さんが『お借りして』って事はやはり彼女が進めているな。頑張れ!  高橋さん!  頼むぞ!
「もっ、、、もちろん使って!」

  萬田診療所は築30年の小さなテナントを借りて、内装工事をしただけの診療所。レントゲン室もなければ、看護師もいない。事務をやってもらっている妻と2人きり。機器はポータブル超音波のみ。
  腹水を抜く人が重なることもあるから、使うかどうかわからない処置室が必要だ。
外来は家族でくることが多いので、患者は少ないが、訪れる人は多い。ひ孫まで連れて毎回5人で通院する家族もいる。こうなると、患者さんが来るというより、家族が来る。順番待ちの患者はいないが、ある程度の広さの待合室も必要。

  そんな、、、がん相談外来、緩和ケア外来が楽しくて、一回30分〜初診は60分の外来診療をやっている。検査は殆どせず、ほぼ再診料のみだから、お金にはならない。午前中の外来診療は完全に趣味の時間だ。雇われ医師ではとても出来ない。しかし、それがやりたいので、極端に収益が少なくてもやって行ける経営戦略にしたのだ。

  というわけで、狭い萬田診療所には待合室や処置室が作れない。3部屋同じ広さの待合室兼、診察室兼、処置室兼、会計待室を作った。ドアの色で、赤の部屋、黄色の部屋、緑の部屋と名付けた。診察は一回30分以上かけるので、予約患者さん(家族)で3部屋とも埋まる事はない(はず)。各部屋を俺が電子カルテ(パソコン)持って移動する仕組みだ。

  3日後の土曜日の昼、この萬田診療所でのSさんの娘と「お相手」の『婚約挨拶』が行われる事になった。

    高橋看護師から指示が来る
「食事は済ませて来ます。コーヒーは奥さんがスタバで買って来ます。萬田診療所は場所だけでいいですから使わせてください。私が付いていますから」

    今度は俺の妻が反応する。
「私がコーヒー入れる。お菓子も準備するから任せて!」
  「じゃ、お言葉に甘えて、、、」
と、高橋さん。
  当日、土曜日は一件外来予定入れただけで、訪問の予定も入れていない。高橋企画だから、場所の提供だけで、基本的には俺の出番はないはずだけど、見てみたい気もする。

  この仕事はいろんな人の人生を見せてもらえる人生劇場。その最終章を舞台係としてお手伝いする仕事。演出やシナリオを書く事はしない。本人の人生のシナリオは本人が書くべき。人生は拍手で終わらせたい。今回は本当の舞台(提供)係。
  仕事としてだけではなく、俺の人生勉強の場でもある。多くの先輩たちの人生劇場を見せてもらい、参考にする。今回は「一人娘を嫁にだす親父の気持ち」。

  土曜日。約束の12時。
来た来た!  元気そうだ。Sさんと高橋さんと赤の診療室になだれ込んで、ベットに横になる。オシャレはしてない。普段着だ。
「お世話になります、ちょっと弱気になっちゃって、、、」
照れながら話す。
「元気そうじゃないですか!」
高橋さんが興奮気味に話しだす。
朝から調子悪くて、不安になり、高橋さんが臨時訪問したらしい。
「呼ばれたら『今日はキャンセルしようかな』なんて本人が弱気になっていたので、ハッパかけて、無理やり着替えさせて◯×、、、、、、□△で連れてきたのよ♡!
「いやあ、、、すみません」
照れているSさん でも、久しぶりに診療所に来れた事に嬉しそう。

  緊張する間もなく、娘と「お相手」が登場。
娘は一回外来でここに来ているのせいか、さほど緊張していない様子。
「お相手」は緊張しているだろうな〜

  4人を赤の部屋に通し、記念写真を撮る。これが今日の俺の仕事だった。
妻も淹れたてのコーヒーを準備した。勿論すぐドアを閉め、野次馬2人と付き添い看護師は緑の部屋でお喋り待機。

  赤の部屋の様子は聞き耳立てれば聞こえそうだが、そんな気もなく、むしろ高橋さんが喋りまくる。きっと今日の企画が成功して興奮しているのだろう。普段は完全聞き役が彼女の仕事のはずだから、今日は、、、、、、俺の妻が聞き役。妻が頷いて、高橋さんが喋りまくる。俺は聞きながら他の事してる。赤の部屋も喋り声は少し聞こえる。大丈夫なのかなあ、Sさん。心配になった高橋さんが1時間くらいしてから赤の部屋に入ったが、まだお邪魔だったらしい。すぐ緑の部屋に戻って来た。

  1時間半たったところで、閉会の雰囲気が。おれもニヤニヤしながら、赤の部屋を覗くと、なんとSさんはベットに横になっている。ニコニコ顔で。
「あれっ?  お父さん、いいんですか? 格好つけ(椅子に座って、、)なかったんです?」
「えへっ、 最初からベット使わせてもらいましたよ(汗)」
「でも、主人が一番話してましたよ。ベットがあって良かったです」
と奥さんも嬉しそうだった。
ベットに横向きの姿ではあったが、苦しそうな姿は見せずに済んだようだ。
そして、また高橋さんがリードしながら、4人はバタバタと帰って行った。

  月曜日に訪問診療に行った。もちろんSさんの状態が悪いからじゃなく、俺が「婚約挨拶」の様子を聞きたかったから。
「どうでした?  『お嬢様を下さい』って言われたんです!?」
「いやー、特別そういう事は言われなかったです。『結婚を前提にお付き合い、、、』とは言わなかったけど、その様な内容だったと思います。なあ、かあさん」
「私は、緊張していて、全然覚えてないわ〜」
「そーだったんですかあ〜」
「でも、お父さんが1人でずっと話してたんですよ!」
と妻が。
「いやーっ、みんなおとなしいから僕が喋んなきゃねー」
「そーだったんですかあ〜」
しばらくすると、こんな話しが出て来た。
「娘がね、昨日婚約指輪を見せてくれたんです。あの後届いたんです」
「なーんだ!「結婚前提」じゃないじゃん! 婚約まで行ってたんだ!おめでとうございます!」
「最近娘は堂々とニコニコするんですよ」
「堂々とニコニコですか。そりゃいい話しだ。嬉しいですね〜」
「嬉しいですよ〜」
「、、、、、結婚式の話しは出てるんです?  」
「その話は出てません、、早く決めてくれないと、、、」
「お父さんが焦っちゃダメですよ。結婚式出るんじゃ、寝てる場合じゃないですね。座ってる時間を長くしましょ!」
「そうですね〜」

  俺の頭の中でSさんが娘とバージンロードを歩く姿が浮かぶ。勿論、萬田診療所の玄関から歩いて入ってくる姿だ、、、、、


  高橋さんから企画が入る前に、バージンロード用の絨毯を準備しなきゃ、、、、、

 

  2017.08.27